ナポレオンの絶頂
1805年、ナポレオンはウルム戦役にて、イギリスをにらんでブローニュに集結していたフランス陸軍を対墺露戦に投入すべくライン川方面へ進軍させ、ウルムのオーストリア軍を降伏させた。その後フランス軍はすぐさまウィーンを陥落させると、更にアウステルリッツへ進軍し、オーストリア・ロシア連合軍と衝突した。これがアウステルリッツの戦いである。神聖ローマ皇帝のフランツ2世はナポレオンに降伏した。更に翌年、ナポレオンは神聖ローマ帝国を解体し、西南ドイツ諸邦の連合体で、親仏、親ナポレオンのライン同盟を成立させた。「ドイツ皇帝」たる要件を喪失したフランツ2世は、神聖ローマ皇帝の位から退いて「オーストリア皇帝」フランツ1世となった。
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