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生麦事件(1862年)

事件の概要~事件前の状況~
1862年、薩摩藩島津茂久の父で藩政の最高指導者・島津久光は、幕政改革を志して700人にのぼる軍勢を引き連れて江戸へ出向いたのち、勅使大原重徳とともに京都へ帰る運びとなった。久光は大原の一行より1日早く、8月21日に江戸を出発した。率いた軍勢は400人あまりであった。

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